微雅
第三章〜冥〜
第五話
恋の部屋から縁側を歩いて何度か曲がったところに十二歳長室がある。
普段抄基が歳長としての仕事をしている場所だ。
恋は歳長室へと足を進めながら頭を悩ませていた。
(処刑……どんな方法でもいいって言っても……)
庭にはそれぞれに修練している者達。
恋はそれらを横目でチラと見た。
(殺し方としては刺殺、射殺、絞殺、焼殺、毒殺……この辺が妥当かな)
そこまで考えて、恋は思考を追い出すように頭を振った。
そして、冷静に殺し方を考えていることに対して軽い自己嫌悪を覚えながら目的地へと急いだ。
コンコン
「失礼します」
部屋に入ると、静かに仕事をしている抄基の姿。
声で恋と分かったのか、顔を上げないままに口を開いた。
「涼卦様と会わなかったのか?」
唐突な質問。
恋は少し驚きながら、抄基の方へと足を進め聞き返した。
「涼卦先輩がどうして?」
「ついさっきここへ来られて、例の俊果の件について恋に直接話を聞くと言っておられた。
てっきり恋の部屋に向かわれたと思っていたが」
聞いて、恋は無表情に立ち止まった。
抄基が怪訝そうに覗き込む。
すると恋は抄基の視線に気づいて、かぶりを振っていつもの笑顔に戻した。
「……きっと先輩忙しいんだよ。
私とだったら部屋へ来たらいつでも話せるし、後にまわしたんじゃないかな」
そして一際楽しそうに、嬉しそうに続ける。
「先輩夜にでも来てくれるのかな。楽しみ」
目の前で心躍らせている恋を黙って見ていた抄基は、わざとらしく大きく息を吐いた。
そして、後に続けられるであろう涼卦を称賛する言葉を遮る。
「で、結局ここへは何の用だ?」
抄基が少しそっけなく言うと、恋は慌てて用件を話し出した。
「俊果のことなんだけど、やっぱりお兄さんが亡くなって精神的にも疲れてるみたい……だと思う」
最後に付け足した曖昧な言葉に、抄基は目を細めた。
そんな抄基を見て、恋は少しむっとしたように続ける。
「私俊果の普段とか普通を知らないからよくわかんないんだよね」
抄基はしばらく恋をじっと見ると、すうと視線を書類へと落とし、そうかとだけ答えた。
恋はさらに続ける。
「それで、俊果と直接話してもいいかなって思って。もちろん、聞き込みもするつもりだけど」
抄基は予想外の恋の言葉に、作業している手を止めた。
そして少し考えてから、好きなようにしろと軽く笑いながら言った。
俊果と直接話をすることへの許可を得た恋は、すぐに歳長室を後にした。
そして、すぐに俊果の部屋へと足を進める。
「理由……聞かれなくて良かった。なんでそこまでするかとか聞かれたらおしまいだもんね」
苦笑いしなが縁側を歩いているとすぐに俊果の部屋が見えてきた。
恋は一度立ち止まり、目を閉じた。
これからしなけらばならないのは、俊果が他に精霊の力を持つ者を知っているか。
そして何らかの犯罪に関わっていないか。
どんな方法でもいいとはいえ、刑執としてそれらの情報をもっているかもしれない者をそのまま処刑する訳にはいかない。
もちろん、それらを詮索しているということを誰にも気づかれてはならない。
(俊果に会う理由付けと、それから……)
手順を頭の中でしっかり確認して、再び足進める。
先ほど俊果が部屋に入るのが見えたので、今部屋にいることは分かっている。
部屋の前まで来てすぐに戸を叩く。
すると、間をおいてゆっくりと戸が開かれた。
「……はい」
出てきた俊果は、恋を見て少し驚いたように言葉を詰まらせた。
恋は笑顔で話し掛ける。
「硫義、久しぶり」
恋と俊果は数年前同じ試験を受け、それも二人だけの受験だったのでその時少し話をしていた。
もちろん、随分前のことなので俊果は戸惑ったような顔をしている。
「朱臣……さん?」
「そうだよ」
普段と変わらない笑顔で答える。
そして、自分のことを俊果が知っていることに少し安心した。
とはいえ常に最下位でいる恋を知らない者はほとんどいないが。
俊果が黙っているので、恋はさっさと用意した用件を口にした。
「この前審査の合否発表があったよね、もしかして俊果も今度の再審査受けるのかなと思って」
数日前に受けた全員必修の科目の審査の話題を出す。
合格者は公表されていないが、刑執の資料から見て応用力の低い俊果が合格するのは困難だと恋は踏んでいた。
もちろん、その後調べて不合格であることは確かめてる。
「も……てことは朱臣さんも?」
少し驚いたように俊果が目を見開く。
審査の合否について、不合格者は二人だったという噂が流れていたのでそれが本当なら俊果と恋だけということになる。
親しく話をするぶんには十分な理由だ。
ただ、この話を持ち出すのには一つの欠点があった。
何かを言おうとする俊果を見て、恋はなんとか心を落ち着かせようと努めた。
「もう、だめでしょ。あれくらい合格しないと……私も苦手だけどね」
少し弱いが優しい笑顔。
恋は俊果の言葉を聞いてこっそり息をついた。
恋が恐れていたのは、なぜ俊果が不合格だったことを知っているのかと聞かれることだ。
もちろん、それに対する答えを用意し、また俊果がそのような事を聞いてくる事はないと踏んだ上で行動に移したことではある。
「前日夜更かししちゃって……ちょっと眠かったんだよね」
苦笑して答えると、俊果は恋を部屋の中へと促した。
俊果が部屋の中央の机の奥へ座ったので恋はその正面へ腰をおろした。
「審査の勉強するの? だったら歳長の抄基さんに教えてもらったらいいのに」
「あれは頭良すぎるんだよ」
恋は事実だけどごめんと心の中で抄基に謝ると同時に、抄基と恋が親しいことが俊果にまで知られていることに苦笑した。
そして少し間をおいて話し出す。
「お兄さん……残念だったね」
俊果の体がぴくりと震えた。
公式では仕事で殉職したことになっているが、処刑されたという事実を俊果が知っているのか確かめるために出した問いは恋の予想より効果があったようだ。
俊果は違う、違う、と小さく呟いている。
「……俊果?」
恋が呼びかけると、俊果ははっと顔を上げて何でもないと弱く笑った。
コンコン
突然部屋の戸が叩かれる。
俊果は一瞬身体を堅くした。
そしてゆっくり立ち上がって戸を開けた。
落ち着いた男の人の声が聞こえてくる。
「お兄さんが亡くなったそうで」
恋が開かれた戸の隙間を覗くとそこには官位の姿。
兄硫義について調べた時に見た顔だった。
その者は恋に気づくと、申し訳なさそうに一礼してきた。
それが俊果と話がしたいという意味だと分かり、恋は静かに立ち上がった。
俊果が不思議そうに見てくる。
「私ちょっと用事思い出したから……また来るね」
俊果が心細そうに恋を見てくるが、恋はにこりと笑ってその場を後にした。