微雅
第三章〜冥〜
第四話
「処刑……私が?」
個人部屋に戻った恋は、一人布団の上に寝そべって呟いた。
つい数分前、冥という人物に対しての疑問や恐れで満たされていた恋の頭は、いつのまにか自分がこれからしなければならない処刑という仕事に対してのものにすりかわっていた。
「死舞以外で……人を殺すなんて」
恋はゆっくりと自分の手を顔の前にもって行き、それをじっと見つめた。
死舞で相手を殺す事は、自分が生き残るために戦った結果に起こること。
相手を殺す事を目的に戦う者はほとんどいない。
恋も相手を倒そうとしたことはあっても、殺そうとしたことはない。
「硫義 俊果……精霊の力を持つ者」
恋は、刑執資料室で調べた資料を手にとった。
そこには硫義 俊果の個人情報がこと細かに記されている。
「あのお兄さんに鍛えられてたのかな……力は上級。頭の方は、知識を詰め込んだだけで応用力に欠けている」
恋は呆れたというような顔になった。
そして腕を投げ出して低くごく小さく呟いた。
「全く、本人の意識の低さが表れてるね」
兄に鍛えられて得たであろう資格や実力のほどがずらりと書かれているが、どれも受身程度の姿勢で得られるもので、本人の努力や、精霊の力を何とか隠したいという必死さは全く感じられない。
自分の立場がわからなかったのか、それとも知っていながらほっておいたのか。
どちらにしても、と恋は考える。
「きっと、何も考えないで生きてきたんだね」
陽はまだ高く、外からは稽古をする者の景気の良い掛け声が聞こえてくる。
そのうちのいったいどれほどのものがその身を鍛える理由を見つけているのかと考え、恋は静かに立ち上がった。
俊果には精霊の力を隠すためという、その身鍛える理由があったが、兄の思いを俊果が受け止めていたとは到底思えない。
「俊果は、微雅に生まれるべきじゃなかった」
恋は静かに部屋を出て行った。
刑執中央に足音が響く。
焔李は静かに音のする方に顔を向けた。
中央の一つの扉から利緒が入ってきていた。
「恋の様子はどうでしたか?」
おそらく審査のことについてだろう。
利緒は穏やかに問い掛けたが、焔李は無愛想に問い返した。
「冥から聞いたのか?」
利緒は壁際に並べられた本棚の前まで行き、焔李に背を向けて目的の本を探し始めた。
ゆっくり本を眺めながら、背中に焔李の視線を感じ軽く笑いながら言う。
「はい。なかなか、厳しいものですね」
「なかなか……か?」
焔李は利緒から視線をはずし、手元の資料へとそれを落とす。
「俺が知る限りでは、ずば抜けて厳しいぞ」
冥による刑執に入る者に対しての審査といっても、たいていは少し戦闘能力や思考能力を試すだけで、実践的なものは行われていない。
利緒は、一つ一つ本を手にとりパラパラとめくっていく。
顔をあわせず仕事をしながらの会話。
二人にはよく見られるものだ。
「心配ですか?随分気にかけているようですね」
利緒は焔李の方へ振り向いてにこりと笑った。
焔李も利緒の方へ顔を向ける。
二人の視線が合った。
「まだ十二歳なんだ、当然だろ」
「当然というのなら、十二歳であるが故に審査が厳しくなるというのも当然のことではないでしょうか」
そっけない焔李と、あくまで穏やかな利緒。
刑執に冷たい空気が漂う。
が、それは突然の第三者の声によって打ち消された。
「焔李、利緒さん。恋の審査決まったんですかー?」
中央に鈴火が入ってくる。
利緒が近づいてくる鈴火ににこりと笑って、はいとだけ答える。
焔李は利緒から大きく視線を外し、面倒そうに言う。
「鈴火、お前何でここにいるんだ? 官位の仕事はどうした」
「ざんねーん。もう終らせてきたよ」
鈴火は堂々と胸を張って得意げに笑った。
焔李はそれを聞いて呆れたようにボソリと、当然だろと呟いた。
十二歳長室で、振られた分の仕事をしていた抄基はコンコンと戸を叩く音にどうぞとだけ返した。
静かに戸が開けられる。
「……涼卦(様!」
抄基は慌てて立ち上がって丁寧に一礼した。
涼卦は、驚かせてしまって申し訳ないと礼を返し抄基の正面に座った。
涼卦は官位にこそ入っていないが大変実力があり、官位から直に仕事を託されることも多い。
面倒見もよく、自分の仕事がない時はよく下の者を鍛えるなどしており、下からの信用も厚い。
「ある官位に言われて様子を見にきた。硫義 俊果の件はどうなった」
少し緊張気味に身を堅くした抄基に、涼卦は穏やかな口調で尋ねた。
抄基は息をすうっと吐いて肩の力を抜いて答える。
「朱臣 恋に任せました。呼び出しましょうか?」
涼卦はいや、と答えてなにやら楽しそうに笑い出した。
「そうか、恋にさせたか」
涼卦は恋と時々会いその力を鍛えていて、恋にとっては憧れの対象になっている。
「で、それを言った時どんな反応をしていた?」
「特に変わった事はありませんでしたが」
涼卦はへぇと声をもらし、楽しそうに笑った。
抄基は少し緊張気味に口を開く。
「朱臣に直接聞かれますか?」
「そうだな、そうするか」
答えると涼卦はまた静かに立ち上がって、邪魔したなといって部屋から出て行った。
戸が閉められたのを確認して、抄基はようやく息をついた。