微雅
第三章〜冥〜
第三話


 中央につくと、恋は急いで人を探した。
 しかし、昼間でも最低一人は留まっているはずのそこに人の気配は全く感じられない。
 不審に思ってゆっくりと足を進める。
 中央をもう少しで出ようかというとき、突然背後に気配を感じた。
 驚いて振り返ると、見たことのない一人の女の子。
 無表情にこちらを見ている。
 そして、そのままよく通る声ではじめまして、と言った。
 本来刑執の空間には、刑執の者以外は立ち入る事は出来ない。
 その少女はよく映える黒を基調とした衣に身を包んでいる。
「あなたが朱臣 恋ですね」
 ゆっくりと少女が近づいてくるが、恋はなぜだか身動きが取れない。
「私は(メイ)……と申します」
私自身の名前というわけではないのですが、正確には私の役職名です」
 静かにたんたんと話している冥を見ながら、
 恋はまるで刃を喉元に突きつけられているような感覚を覚えた。
 そんな恋を気にする風でもなく、冥は話し続ける。
「私の仕事を簡単に申しますと、微雅の主であられる方に仕え、その意思を刑執に伝え刑執を監視をすることです」
「……刑執を監視?」
恋はようやく声を絞り出して聞き返した。
「はい。力の行き過ぎを防ぐためと、確実に主の意思を反映させるためです。」
理解出来ましたか?では本題に入ります。
あなたは昨夜、執行長:仇刑 焔李の審査を受けられました。
その後、正式にあなたが刑執に入ることを執行長の名を筆頭に申請されました。
よってこれから私冥があなたを審査することになります。
何をしていただこうか少々迷いましたが、せっかく焔李の整えた舞台があるので、それを使う事にします」
「舞台……」
恋が小さく呟くと、ずっと変わらなかった冥の表情が一瞬笑みを含んだ。
「はい。執行長はどうやら、昨夜刑に処した前官位:硫義(リュウギ)の妹、硫義 俊果(シュンカ)の捕獲をあなたにさせようと備えていたようです。
そのために十二歳長:抄基を通してあなたに俊果の監視をさせた。
あなたが今ここに戻ってきていると言う事は、ここまでは分かっているととってよろしいですね。
焔李はあなたがこのことに気づき、ここに戻って来るのを待って、それを指示するつもりでいたようですが、せっかくここまで舞台が整っているのです。
この状況をあなたの審査に利用させていただきます」
 ここまで言うと、一度後ろの方に視線を向けて有無を言わせぬような口調で言った。
「問題ありませんね、焔李」
 恋が視線をうつすと、正面の扉に背を預けている焔李の姿が見えた。
「ああ、問題ない」
 焔李が答えると、冥はまたたんたんと話し出す。
 恋は静かに心を落ち着かせた。
「そう身構える事はありません。簡単なことです。
恋、硫義 俊果を処刑なさい。どのような方法でも構いません」
「なっ」
 恋は身を硬直させた。
 ずっと二人を見ていた焔李は静かに目を閉じる。
「あなたはまだこのような場合の刑執としての対処法を教えられていないはず。
今のあなた自身の能力をはからせていただきます」
「……わかりました」
 恋が答えると、冥は少し満足したような表情になったがまたすぐに戻ってしまう。
「焔李、審査の間は恋にこの件に専念させてください」
「わかった」
「では、期待していますよ」
 冥はそう言うと静かに中央から出て行った。


 冥の姿が見えなくなると、焔李は小さくため息をついて恋に近づいていった。
「ったく、大変なことになったな」
 そっけなく言う焔李に、恋はむっとしたように言い返す。
「焔李、もしかして私がここに来た時いた?」
「ああ。気配は消してたけどな」
「隠れてたんだ……」
 恋がぼそりと言うと、焔李は恋からわざとらしく視線をそらした。
「仕方ねぇだろ、冥からの命令だったんだ」
 焔李の言葉を聞いて、恋の顔に真剣さが戻る。
「で、さっきの人が焔李の言ってた『いかにも異質そうな奴』なんだね」
「ああそうだ。気をつけろって言ったろ?」
「気をつけようがなかった」
「まぁそうだろうな」
 そう言うと、焔李は近くの椅子に片あぐらをかいて座った。
「冥といる時、力を押さえ込まれているような感じがしなかったか?」
「っというより、刀を突きつけられているような感じがしたんだけど」
恋の言葉を聞いて、焔李は呆れたような顔になった。
「冥もよくやるな。あれは微雅では冥だけが持っている力で、微雅の者の力を抑えることが出来る」
「えっじゃあそれ使われたら」
「微雅の奴は誰も冥に勝つことは出来ない。もちろん刑執もだ」
「……」
「ただしその力は微雅に対して限定で、他の奴には全く効果がない」
「じゃあ冥はずっと微雅の中にいるの?」
「いや、しょっちゅう外にも出てるみたいだぜ。
もし何かあったら刑執を呼び出して戦わせればすむことだしな」
「戦わせる……?」
「ああそうだ。あと先に言っておくが、これからお前が優先すべき二つのことがある。
まず最優先にすることは、刑執の正体が他に知れるのを防ぐこと。
どんなことがあっても刑執かと疑われるようなことにはなるな。
次に優先すべきことは冥からの命令だ」
 焔李の言葉を聞いて、恋は意外そうに口を挟んだ。
「冥の命令が最優先っていうわけではないんだ?」
 すると、焔李は面倒そうに少し考え込んでゆっくりと話し始めた。
「……例えば、だ。冥に今すぐ来るようにと言われた場合。
命令が最優先ならそのまま冥のいるほうへ向かうことになる。
だがそうすると、その後の行動によっては刑執の正体が知られることになりかねない。
それによって命令を遂行することに障害が生じることも考えられる。
つまり、命令を確実に遂行する環境を最優先にすると言う事だ」
「結局は命令が一番なんだね」
 恋が少しそっけなく言うと、焔李は少し笑った。
「まぁ、そういうことになるな」
恋は小さくため息をついた。
 焔李は恋の様子を見ると、今度は可笑しそうに笑い出した。
「まぁ、この件に関してはそんな深刻にはなるな。
今できる範囲内で最も良いと考えられる行動を取ればいい」
 焔李の言葉に、恋はまたむすっとしたように答える。
「それが難しいんでしょ」
「まぁ、せいぜい頑張りな」
 そう言うと、焔李は立ち上がってすぐに中央を出て行った。
 恋は誰も居なくなった中央で、処刑という言葉に胸を痛めた。