微雅
第三章〜冥〜
第二話


 戸が開かれ、溢れるほどの光が部屋に入ってくる。
 恋は眩しさに目を細めた。
「ん……何、誰?」
「珍しいな。遅刻する気なのか?」
 聞きなれた声に恋は飛び起きた。
「けっ啓魄! 今何時!?」
 急いで布団をたたみ、着替えに取り掛かりながら問う。
「そんなに慌てるな。まだ六時過ぎたばかりだ」
 抄基の言葉に、恋は力が抜けたように座り込んだ。
 よく見ると、まだ食事も運ばれてきていない。
 恋は安心したように息をついた。
「でも六時の鐘で起きられなかったんだ……起こしてくれてありがと」
 抄基は既に食事を終え、朝の準備も万端整っているように見える。
 恋は着替えを再開し、それが終ると運ばれてきたばかりの食事に箸をつけた。
 抄基は何をするでもなく、座って恋の準備が整うのを待っている。
 そして、恋が食事を終えるとようやく口を開いた。
「夜、何かあったか?」
 突然の抄基の言葉に恋は心臓をどきりとさせる。
 恋が刑執であることは誰にも知られてはならない。
 恋は動揺を表に出さないようなんとか平静を装う。
「何もないよ。何で?」
 抄基は恋にまっすぐ視線を向ける。
「いや、恋昨日少しおかしかっただろ。それが気になっただけだ。何もないならいい」
(するどい)
 恋は内心冷や汗ながら、同時に抄基の優しさを感じた。
 抄基は人が言いたくない事を無理に言わせるようなことは自分からは決してしない。
「ありがと」
 恋がにこりと笑って言うと、抄基は何のことだかわからないというような顔になった。
 この気遣いが抄基の無意識の行動で、それによって恋がどれだけ助けられているか本人が気づいていないことも恋は知っている。
 抄基があきれたように立ち上がると、二人はそろって外へ出た。


 朝儀三十分前の鐘もまだ鳴っていない心央にはあまり人気はない。
 抄基は近くに人の気配がないことを確認すると口を開いた。
「恋、硫義(リュウギ) 俊果(シュンカ)って奴知っているか?」
「俊果って、あのお兄さんが官位の?」
 恋が聞くと、抄基の眉間に皺が寄る。
「……ああ。実は、その兄貴が処刑されたそうだ。」
「……え?」
「もちろん内密な事だが、それを知ったうえで俊果の様子を見るようにとのことだ」
 恋は身を硬直させた。
 抄基に命を出したのはおそらくは官位。
 だが、処刑が関わるとなるとその命が元は刑執からのものであるということは明白。
(昨日の人が硫義のお兄さんなら、かばわれていた人ってまさか)
 途中まで考えて恋ははっとして尋ねた。
「ねぇ、どうしてそれを私に話すの?」
 抄基は少し申し訳なさそうな顔になって答える。
「実はこれとは別に優先してやらないといけない仕事があるんだ。
硫義の観察は他の奴にでも任せればいいと言われている。
悪いがやっといてくれねぇか?」
 恋は予想通りの抄基の言葉にがっくりときながらも、なんとか何でもないような顔をしている。
「私はいいけど、私なんかに仕事任せていいの?」
「新副歳長には別の仕事を頼んである。
加えて、恋だと面倒な説明もいらないと思ったからこうして頼んでいる。やってくれるか?」
 恋は内心の動揺を押し隠すように笑顔で応える。
「何で私が説明求めないと思ったのかは知らないけど……分かった。
やっとくからこのことは任せてね」
「ああ。何か変わったことがあったら連絡してくれ」
抄基は少し安心したように、そして少し満足そうに笑った。


 朝儀が終って恋は早速硫義を探した。
 そして見つけると、硫義がしばらくそこから動かないことを踏んで
 恋は硫義に近すぎない程度のところの縁側に腰を下ろした。
 そして軽くその姿を視界に入れながら考える。
(焔李だったらこの仕事が啓魄から私にまわってくることくらい予想出来る。
予想出来る、というよりそうなるようにしたんだろうけど。
つまりは、私に俊果に精霊が見えているか確認させるつもりなんだね)
 硫義を見ると、本を読むでもなくペラペラとめくりながら
 空をぼーっと眺めている。
 が、硫義の視線が一瞬宙の何かを追ったのを恋は見逃さなかった。
 そしてしばらくするとまた同じように視線を流す。
(ホント、これじゃあお兄さんが守ってないと駄目だね)
 恋は一つため息をつくと、その場を早々に立ち去った。
 部屋に戻り、刑執の姿を隠す札を身に付け刑執の式服に袖を通す。
 そして恋の部屋に作られた、刑執としての活動時に外へ出るための隠し通路を通って外へ出て、屋根の上を通って刑執中央へと足を進めた。