微雅
第三章〜冥〜
第一話


 通常、微雅や下人には官位
 官位には主直属の刑執が指示を出し、また監視をする。
 しかし直属はといえ、主自ら刑執と接触することはない。
 刑執に指示や監視をする者は別におり、その者の存在は刑執以外では知られていない。
 微雅の全ての者を自由に扱うこの特権を持つ者。
 名を(メイ)という。


 刑執中央に戻った恋は、はいってすぐの椅子に腰掛けた。
「一つ気になったんだけど」
 感情のない声が中央に響く。
 焔李は近くの机にある資料を手に取りながら恋に目を向けた。
「何だ」
「さっきの人殺してよかったの?かばわれてた人見つけないといけないのに」
「安心しな。大方の予想はついてる。
まぁ予想していたことではあるが、奴を捕らえてすぐ疑っていた者がぼろをだしやがった。
奴にかばわれなければもっと早く見つかっていただろうな」
 すらすらと話す焔李をじっと見ていた恋は、一つため息をついて今度はむすっとしたように言った。
「それより焔李、私にわざとあの人を仕向けたでしょ」
 焔李はかさかさと資料をめくる手を止め、恋に顔を向けた。
「何だ、気づいていたのか」
「だって、犯罪者が逃げてるのに刑執が気づかないわけないし。それに、焔李なんだか楽しそうだったし」
 恋の言葉を聞いて焔李は突然笑い出した。
「そう見えたか? まぁ実際見ていておもしろかったぜ」
「なっ殺されかかったんだよ。本当にやられてたらどうするの」
 焔李の態度に恋は少し怒り気味に反論するが、焔李は恋の反応を楽しんでいるように見える。
「大丈夫だ、心配すんな。いくら俺でも入ったばかりの奴に無理だと思うことはさせねぇよ」
「十分無理だったと思うけど」
「無事だったじゃねぇか」
「結果論を言わないで下さい」
 とことん言い返す恋に、焔李は軽く笑い少し間を置いて話し出した。
「お前に奴が凶悪犯に見えたか?」
 予想外の問いに恋少し驚きながらも口を開く。
「……見えなかった」
「だろ? 奴は俺から見ても優秀な官位。性格はいたって冷静、少々優しすぎる面もある」
「調べたの?」
「まぁな。で、今回の官位殺しはかばっている奴を助けるためで、奴にとっても不本意だっただろう。
奴が刑執を殺める理由もない。そのせいで刑執の仕事が停滞して、微雅の保護がおろそかになることを奴は望んでいない。
まっ一人死んだくらいじゃ停滞なんてしねぇけどな。
他にも何点かあるが、これらの事からいってたとえ刑執に殺されそうになっても間違っても殺すことはないだろうと踏んでいた。
実際、恋への攻撃も少々荒っぽくはあったが致命傷を与えるようなものはしていなかった」
「えっでも首とか」
「刑執を気絶させるなら、殺すほどの力や動きで向かわねぇと出来ねぇだろ」
「そうなんだ……そうだよね」
「で、俺が途中で奴を押さえ込んだのは、……恋お前顔の布取られただろ」
「うん」
「奴には優しい部分がある。相手が成人していないような者だと分かれば本気で戦うことはなくなるだろう。
それでは、恋の実力を見ることが出来ないだろうと思って中断させた」
 恋は無表情になって少し怪訝そうに聞き返す。
「私の実力?」
「そうだ」
 焔李は資料にまた視線を戻して続ける。
「死舞や戦で追い込まれたときの動き。それが見たかった。普段の手加減した動きじゃなくてな」
 恋は一瞬頬を引きつらせてそれから勢いよく言い返す。
「手加減なんてしてない!」
 焔李はいたって冷静に、資料から目を離さないまま返答する。
「そうか。それなら無意識か、それもあるとは思っていた。
とにかく、刑執に入った以上常にその力を出せるようにしてもらう」
 淡々と言う焔李に、恋は一度大きく息をすって吐いて真っ直ぐ焔李に顔を向けた。
「……はい」
 相手は刑執執行長。
 口で勝てるはずがない。
 焔李は恋の返答に関心しながらまた軽く笑った。
「ああそうだ、さっきのは刑執にふさわしいかの試験も兼ねていた。
だいたい、誘う事自体実力や経歴を調べた上でだから不合格はねぇんだけどな。
まぁ、恋は想像以上だったぜ」
 焔李の口から度々出る予想外の言葉、その度に恋は一瞬言葉を失ってしまう。
「ありがとう、ございます」
 辛うじて応えると、焔李は何かに気づいたかのように急に真面目な顔になった。
「そうだ、刑執からの恋の審査は終ったがもう一つ残っている」
「?」
「刑執は主直属の機関。即ち上からの審査だ」
「上って……微雅様?」
「いや、まぁ会えば分かる。刑執でいかにも異質そうな奴に会ったら気を付けな」
 そう言うと、それきり焔李は黙ってしまった。
 恋はどうしたら良いか分からずその場で静かに座っていた。


「恋、起きて〜」
 鈴火の声が頭に響く。
 どうやら眠ってしまっていたらしい。
 目を開くと、鈴火の心配そうな顔が目の前に見える。
「ごめんね、初日から疲れたでしょー。全く焔李は。あっ眠ってても良かったんだよ。
だいたいこんな時間に起きてるほうがおかしいんだもん。私達も適当な時間に寝てるしねー。
ただー、仕事もういいから部屋に帰って寝た方が言いと思って」
 まだ完全に目覚めていない頭で何とか鈴火の言葉を理解しようと努める。
「あ、はい……帰ります」
「無理なら明日来なくてもいいからねー。帰るときは服はそのままで、次来る時はそれ着て来てね」
 恋は鈴火に案内されるまま中央を出た。
 そして部屋に戻り、すぐに意識を手放した。