微雅
第二章〜刑執〜
第六話
中央には恋と焔李(の二人だけ。
執行長(の登場で、また恋に緊張感が戻ってくる。
外見二十ほどで、黙っていれば真面目にも見えそうな彼は、なにやら満足そうに楽しそうに口の端を上げている。
そしてもう一度ため息をつくと恋に向き直った。
「聞いているとは思うが、俺が刑執の執行長仇珪( 焔李だ」
焔李が少し丁寧に言ったので、恋も慌てて返す。
「朱臣( 恋です。これからよろしくお願いします」
恋が緊張気味に頭を下げると、焔李は少し意地悪そうに言う。
「こちらこそ。しっかりしごくから覚悟しとけよ。じゃあまず」
焔李が手にしていた資料らしき物を見て何か言おうとしたその時、中央に女の人が入ってきた。
優しい顔つき、凛とした姿勢。
その姿は、確かに以前恋が見たことがあるもの。
「散桜(様!」
中央に入ってきたのは散桜 利緒(。
以前越権(という微雅一実力を問われる官位に若くして抜擢され長年その任をまっとうした、おそらくは現在最も有名な下人。
そして、樟静(の、いや微雅中の憧れの的となっている者である。
恋の利緒への反応を見て、焔李は面白くなさそうな顔になった。
「なんだ、利緒のこと知ってたのか」
焔李がぶっきらぼうに言ったので、恋は固まってしまう。
利緒はそんな恋に構わず近づき、優しく微笑んだ。
「あなたが恋ですね、初めまして。副執行長の散桜 利緒と申します」
そして今度は焔李に向き直る。
「頼まれていた資料をまとめておきました」
優しい表情のままだが、まったく顔に変化がないので無表情とも取れる。
焔李はそれに事務的な態度で対応する。
「おう……そうだ。利緒、恋と微雅の見回りに行ってくれないか? 一つでも仕事を覚えさせたほうがいいだろう」
利緒は優しい表情を変えないまま恋に視線を移して答える。
「そうですね。それがよろしいでしょう。では早速参りましょう」
恋が固まったまま二人を見ていると、利緒が扉の方に歩き出し、途中で振り返った。
「恋、こちらへ。刑執の仕事をお教えします」
恋は慌てて焔李に軽く頭を下げ、利緒に続いた。
二人が出て行った中央で一人、焔李は持っていた資料に軽く目を通していた。
すると、仕事に戻ったはずの鈴火(が中央に入ってきた。
「仕事はどうした」
不機嫌そうに焔李が言ったが、鈴火は黙って焔李のすぐ側まで近づく。
「焔李、本当にするの?」
作業中以外の鈴火にしては珍しく落ち着いた、普段より少し低めの声。
焔李は軽く笑って応える。
「ああやるぜ。それより、奴の事は恋にちゃんと教えたんだろうな?」
「私なりに……恋が気にし過ぎない程度に刑執の紹介ににまじえて言ったつもり。
外見的の特徴、罪状、それから処遇でいいんだよね。」
焔李は鈴火の言葉に、満足げに笑う。
「十分だ」
「でも焔李もし、恋が万が一奴に殺されでもしたらどうするつもり?」
「たしかにその危険はある。だが大丈夫だ。そう簡単に殺されはしないだろう」
そう答えると、焔李はまた不機嫌な顔に戻った。
「それより、鈴火は仕事に戻れ。恋のことはしばらく俺が見る」
「はいはい。執行長のお言葉通りに」
鈴火はしぶしぶもとの仕事部屋に歩き出した。
中央を出た恋は、すでに用意されていた刑執の式服を渡され、着替えるように言われ、白い衣に身を包んだ。
そしてようやく、自分が刑執に入ったのだと少し自覚した。
二人は今微雅の縁側をずっと歩いている。
「刑執は絶対秘密の機関です。
刑執として活動するときは必ずこの服装でして下さい」
後ろに続く恋に、振り向かないまま話しかける。
恋は暗闇の中、月以外で唯一ぼんやりと白く光る利緒の姿をみて不思議に思った。
「散桜様」
「利緒でよろしいですよ」
恋は、鈴火達から刑執で唯一人利緒だけ名前にさん付けで呼ばれていると聞いたのを思い出した。
「……利緒さん、一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「この刑執の服はどうしてこんなに白いのですか? これでは目立ってしまいませんか。」
利緒は相変わらず優しい声で答える。
「よく気が付かれましたね。その理由はもうすぐわかると思います」
恋は利緒の言葉に疑問を抱いたが、利緒のもうすぐという言葉にこれ以上口を開かず、見回りの説明を黙って聞いていた。