微雅
第二章〜刑執〜
第四話
+同日五月十六日 早朝+
「刑執、か」
いつもは鐘がなってもなかなか起きない恋(だったが、
今日は最初の鐘もなっていないというのに布団の中でぼんやりとだがうすく目を開けている。
数時間前、刑執の者と別れたあの後、すぐに見慣れた所に出て部屋に戻ることが出来たが
少々困惑気味だった恋は結局二時過ぎまで眠ることが出来なかった。
「夢、じゃないよね?」
恋はゆっくりと起き上がって、部屋の奥に棚の方を見た。
あのとき渡された白い札が本の後ろから覗いていた。
「どうして私なんかを」
恋はしばらく考え込んでいたが、考えていてもしょうがないと、着替えするため立ち上がった。
と、首に妙な感覚が走る。
(あっそっか、忘れてたけど昨日首ちょっと切ったんだっけ)
巻かれた包帯を付け直し、ついでにと腕と足の包帯をとった。
(よし、腕は服でだいたい隠れるし足も目立たなさそうだから……これで完璧)
ゴーンゴーンゴーン
朝の準備が整ったころようやく最初の鐘が鳴った。
いつもならここで勉強をはじめるのだが、今日は朝食がつくまでぼんやりとしていた。
朝食が届けられるとすぐに箸をつけ、食べ終えると、すぐに外に出た。
心央(にはまだ数人しかおらず、静けさが残っていた。
恋がぼうっとしていると、いつのまにか心央にはほとんどの者が集まっていた。
今日は十六日、戦(があるため、相手探しをしている者も多い。
「恋」
と、後ろから呼びかける声がした。
「啓魄……どうしたの?」
恋が聞くと少し間をおいてあきれたような声が返ってきた。
「それはこっちの台詞だ。首、どうかしたのか?」
「あっこれ? 別に何でもないよ、ちょっと失敗しただけ」
恋は笑顔で答えたが、内心は冷や汗ものだった。
抄基(は歳長(、昨夜の出来事を知って見逃すはずがない。
抄基は、恋の笑顔に違和感を覚えながらも、聞いたところで口を割らないことを承知しているので気を付けろよと言うだけにとどめた。
そして恋から少し視線をはずして辺りの様子をうかがう。
「どうかした?」
「いや、そういえば」
ゴーン
朝儀開始を告げる鐘の音。
「朝儀か、とりあえず並べ。はじめる」
抄基は事務的に、そして少し寂しそうに言った。
「姿勢を正して、礼。これより五月十六日の朝儀を始める。
分かってはいると思うが、新副歳長(を決める。
上((歳内での力を五段階に分けた一番上)の者はこの後集まって話し合ってくれ。
決まったら、今日中に俺のところへ連絡すること。
……今日は戦の日だが、昨日の死舞のこともあるからやりすぎには注意すること。
以上。姿勢を正して、礼、解散」
集まっていた者達が一斉に散らばった。
抄基が恋に近づいてくる。
「恋、悪いが今日駄目になった」
恋は法知で新しく勉強したことを今日完成させるという約束をしていた。
「えっ私は別にいいけど」
「これから暫く少し仕事があるから自分でやっておけよ」
「えっじゃあ明日もあさっても?」
恋が問うと啓魄は少し驚いたような顔になった。
めずらしいな。やりたくなかったんじゃないのか?」
「うっうんちょっとやる気が出てきたから」
恋は刑執のことを考えていた。
暇な夜に行くようにと言われていたからだ。
「そうか、じゃあ頑張れよ」
啓魄は恋の応答に違和感を覚えながらも軽く流した。
いつもどおり。
抄基は周伯(がいなくなったにも関わらず、変わらず儀やその他歳長の仕事をしに行った。
事務的な態度ではあるが。
(刑執。夜暇なら書室に行かないと。こんな日に限って啓魄に仕事があるなんて。
権限が大きい刑執……。もしかしたら、啓魄の仕事も偶然じゃないのかもね)