微雅
第二章〜刑執〜
第二話
+同日五月十五日 午後十一時+
恋は死舞が終ってから一歩も部屋から出ず、勉強に打ち込んでいた。
そろそろ寝ようかと、片付けを早々に終え灯りを消したその時、突然勢いよく戸が開かれた。
「誰!」
薄暗い部屋の中に誰か三人入ってきた。
「……慶印?」
恋が急いで立ち上がると、すぐに周りを囲まれた。
「慶印だよね、十一日の戦の日に朝儀に出なかった」
三人は無言で恋に詰め寄る。
先頭にいる慶印の手には短剣が握られている。
恋が一歩また一歩後方へ下がると、突然後の二人の内一人が声を発した。
「ね、慶印……やっぱりやめようよ」
(この声、周伯と……そう、確かいつも周伯といた子だ)
「……今更、お前だって恋が許せないんだろ」
「でも」
慶印は構わず恋に近づいていった。
そして勢いよく短剣を振った。
恋は何とかよけようとしたが、戦や死舞で怪我した左腕をかすってしまった。
まかれていた包帯が解けて、辛うじて止まっていた血がまた流れ出す。
「……ったー……また出てきた」
恋は体勢を立て直しすぐに三人の方を向いた。
すると今まで黙っていた一人が声を発した。
「やっぱりやめないか?」
「そうだよ、やめたほうがいいよ」
「昨日もおとといも駄目でやっときた機会なんだ、今更やめられるか!」
(昨日とおとといは出来なかった……?)
恋は真っ直ぐ慶印を見た。
「恋、お前はどうせ気づいてなかったんだろうが、俺達は昨日もおとといもこの部屋の前まで来た。
おとといは禁時直前までお前が部屋にいなくて出来なかったし、昨日はギリギリまで抄基が見張ってやがった。
でも、さすがの抄基も死舞が終ったあとまでは警戒してなかったようだな。」
(……啓魄)
「……だから……こっちは待たされてるんだよ!」
慶印は恋の首を狙って真っ直ぐ短剣を突き刺した。
恋は無表情でじっと慶印を見つめ、ギリギリのところで軽くかわした。
短剣は恋の首を軽く通り、すぐ後ろの壁に刺さった。
薄暗い部屋の中、恋の首筋からじわりと血が流れ出す。
恋は尚も表情を変えず真っ直ぐ見つめる。
慶印はいくらか興奮気味で短剣を抜いた。
短剣を持つ手が微かに震えている。
「慶印、やめよ!」
「やめとけ!」
慶印は暫く短剣を構えていたが、恋が全くの無抵抗な事にあせりを感じているようだ。
どのくらい時間がたっただろうか、
慶印の短剣を持つ手が緩み、短剣が畳の上へ落ちた。
慶印は放心したようにさきほどまで短剣を握っていた手を見つめていた。
恋が短剣を拾い上げると、後ろの二人が身構えた。
構わずそれを左手に持ちかえ、刃の方を持って慶印に差し出した。
「用がないんなら、コレ持って帰ったら?」
「!」
「ほら、早くしないと誰かに見つかるよ。そうなったら、困るでしょ?」
三人は少しためらったが、困惑しながらもいそいそと外へ出て行った。
戸が閉められるのを確認して、恋はその場にゆっくりとしゃがみこんだ。
(昨日、おとといも狙ってたってことは、周伯の仇ってことではないみたいだけど……。
にしても危なかったー。もうちょっとで逝ってたかも)
恋はふらふらした足取りで立ち上がり、部屋の隅の棚の方へ行った。
(たしか、万が一のためにとかいって樟静が救急道具置いていったような……あった!)
箱から包帯を取り出し、首と左腕に巻いた。
(よし、とりあえずこれで大丈夫……かな)
時刻は既に十二時、禁時となっていた。
少々の邪魔は入ったが、恋は寝る準備をはじめた。