微雅
第一章〜死舞〜
第四話


+五月十二日+
 いつものように眠り気味の頭をたたき起こし、恋は体中に少し痛みがあることに気づく。
「……ったー。そっか昨日周伯にやられたんだっけ」
 傷に注意を払いながらもいつも通りの朝。
 朝儀も特に変わったことはなく、ただあるとすれば少し視線が集まることくらい。
 あちこちから、あれは次こそ死ぬなとか、よくあれで動いてるなとか遠慮のない声が聞こえてくる。
 恋は朝儀が終わると同時に部屋へ戻った。
「……ったく。少しは遠慮して小声とかにしてくれないかなー。
私じゃなかったらすごい落ち込んでるよ」
「恋だから向こうも言うんだろ」
 外のほうから声がした。
 声の主はすぐに戸を開け部屋に入ってきた。
「……啓魄」
「よっ。……けがの方は大丈夫か?」
「少し痛みはあるけど大丈夫だよ」
「……嘘だな」
「へっ!?」
「俺がここにきて初めてお前の表情、一瞬きつそうに見えたが?」
「えっそう?」
「まぁ、演技するくらいの元気は出たってことか」
「演技ったって……。ちょっと我慢しただけだけど」
「まぁいい。恋、お前今日一日は部屋から出るな」
「何で?」
「何でって・・・。とりあえずその怪我が治るまではおとなしくしとけ」
「えーでも週の二日目だから法知(戦法や術)勉強しないといけないし、書室(図書室)行きたいんだけど」
「あーそれなら心配しなくていい」
「えっ?」
「俺が教えてやる」
「えっでも啓魄は? 法知……」
「書室位のはみんな覚えちまったからな。実戦にも使ってるし。
書室以上を見るには許可とらないといけないんだ。
今はまだとれていないからすることもないからな」
「へーさすがだね。で、今日一日中ここにいるつもりなんだ?」
「「昼だけじゃない。夜鍛錬場がすいたら実戦だ」
「げ……」
「死舞が近いことだし、簡単な戦法くらい身に付けといたほうがいいだろ?」
「それはそうだけど」
「とりあえず今は知識のほうからつめてかないとな。じゃあまず」
「啓魄、もしかして拒否権なし?」
「・・・? ああ」
「そっか」
「んじゃはじめるか」
「わかった」
 さすが長というべきか、下手な上歳のものより教え方はだんぜん上手い。
「ねぇ啓魄、官位になりたいんだよね?」
「ん? ああ、絶対護継(ゴケイ)くらいにはなってやるぜ」
「継護って……」
「あー・・・。恋に言っても分からないか」
「そんなことないよ! 結構控えめだなって思っただけ」
「護継っつうのは官位でも結構下のほうだ。だが微雅の重要なことを任せられている。
力試しには最高だろ?まぁ最終的には三権(サンケン)のどれかに入るつもりだが」
「三権って最高権力の次にあたる三つの官位だよね、確か」
「おっ知ってるのか。絶対になってやるからな」
「野望ってやつかー」
 恋は抄基が食事をどこでとるのか気になったが時間になると当然のように二人分の食事が部屋に運ばれた。
(まったく、このへんがぬかりないんだよね)
 結局一日中法知を教え込まれた恋は限界まで詰め込まれた知識に困惑していた。
「……よし、今のところこんなものか」
「啓魄ーもう九時だよ。休んでいいよね」
「お前話ちゃんと聞いてたか? これから鍛錬場に行って今教えたことを実際にやってみるんだ」
「鬼ー! っていうかすっごい頭痛いんだけど」
「あーそれはお前が今までさぼってたせいだろ、我慢しな」
(くっそー試験一つもとってないだけに反論できない)
「怪我はもう大丈夫だろ? 半日たってるし」
「無理だって」
「んじゃ急ぐぞ」
 恋は突然腕をひっぱられて半ば引きずられるように部屋をでた。
(無視の上に不意打ち?)
「ちょっと……啓魄離して」
「……?」
「そんな強く引っ張らなくてもちゃんとついてくから」
「ちゃんとこいよ……こっちだ」
「抄基はわき目もふらずに歩き出した。
 だが確実に後ろに恋がいることを感じ取りながら。


 着いた先は鍛錬場の集まっている一帯。
 抄基はその中でも広めのところに足を踏み入れた。
「ここだ」
「うっわー結構広いね」
「実戦のようにするならこの方がいいだろ。今から禁時(キンジ)までぶっ通すぞ」
「禁時……まで、ね」
 禁時。
 微雅には絶対に各部屋にいなければならない時がある。
 それが禁時。
 微雅の一切のことが途切れることから、絶雅(ゼツガ)とも呼ばれる。
 深夜零時から朝四時まで、特別許された者以外は自分の部屋以外にいることを許されない。
「残り三時間弱。急ぐぞ」
「ね、でもぶっ通しはさすがに」
「さっき法知教えただろ?でもあれは知っているだけじゃなくそれが使えないと意味がない。
だからこれから身体で覚えるしかないだろ」
「……」
「はじめるぞ」
「抄基の指導はやっぱり的確で、
 それも恋の身体になるべく衝撃がかからないように気をつけられたものだった。


+三時間後禁時十分前+
「ハァ……ハァ……」
「そろそろ終わるか」
「……っ……ハァ……ハァって十分前だよ、急がないと」
「「そうだな」
(何この余裕。……ぅわ?)
 突然恋に何かがあたった。
 恋は急いでその正体を探した。
「……鍵?」
「それ返しとけ」
「は?」
「あと、明日も続きするからな」
「えっちょっとまっ」
 抄基は恋の言葉を最後まで聞かずに出て行った。
「けーいーはーくー。ってこんなことしてる場合じゃない。なんとか禁時までに部屋へ」
 恋は急いで鍛錬場を飛び出した。
 そしてちょうど帰り道にある鍵の管理所に急いで鍵を返し部屋へ戻った。
 ゴーン
「まっ間に合った……あれ?」
 恋は突然座り込んだ。
 昨日の傷が走っている間に開いてしまったらしい。
「……っ……なんでこうなるんだろうなー……ん?」
 恋は勉強しっぱなしになっている机の上に置き紙を見つけた。
(なんだろ・・・。)
『即行寝ろ。』
 よく見ると置き紙の横に新しい包帯が置かれている。
(なるほどね……私の傷が開くことも予想してたってことか)
でも即行寝ろったって勉強が……頭痛いしやっぱ寝よ)