嬲り屋嬲られ屋

「お前実際どうなんだ?」
 微雅の内部、微雅の者の力を押さえ込むという空間に囲まれた一室。
 冥が唯一その任務から開放される場所。
 部屋と呼ばれるが、実際には岩山などが並ぶ険しい土地だ。
 そこに、嫌々ながら足を運んだ焔李は、疲労しきった身体を岩肌に預けながら言った。
 冥はそれを見て、お疲れ様です、と一言労う。
 いつもの気取った感じはなく、楽しそうに笑っている。
「……答えろよ」
 苛立った調子で再度尋ねると、冥は黙って焔李の傍に腰掛けた。
「何が、ですか」
 とぼけているのか、真面目なのか、焔李はいつもこの部屋での冥の態度を図りかねている。
「次代冥が決まっと聞いた、から……お前は処分されるのか?」
「用なしになった私が殺されるのかと、そう聞いているんですか?」
「そうだよ」
 焔李は投げやりに返す。
 冥はふふっと可笑しそうに笑った。
「大丈夫です、私は殺されない……と思います」
「可能性は」
「ゼロでもヒャクでも同じこと」
 焔李は黙ってうつむく。
 それを冥は下から覗き込んだ。
「そのようなこと、焔李ももう分かっているのでは?」
「分かって、る」
 冥は笑って焔李の頭を撫でる。
 それを嫌そうに焔李は振り払った。
 そこへ明るい調子の冥の声が降り注ぐ。
「大丈夫、殺されません。それが良いのか悪いのかはわからないけれど」
 焔李は立ち上がった冥を見上げる。
 微雅では珍しい茶色がかった長い髪が揺れている。
「冥の末路、か」
 いつもより少し低い声が自然と出る。
 冥はまた今度は焔李から少し離れた位置に座った。
 焔李が続ける。
「微雅に背けば不適として殺され、長くその任を全うしてもやがてくる戦力外通告、本当に報われない」
「そう思います?」
「違うのか?」
 冥は質問の返しに戸惑いは見せない。
「確かに今までの冥は随分思いつめる方だったようですが、私は適当に楽しんでいたのでそう悲観的には思いませんが」
「ここへ人を連れ込んで嬲って楽しんだと?」
 冥は問われていたずらっぽく笑った。
「焔李以外にそんなことめったにしません」
「ほう」
 焔李はようやく落ち着いてきた身体に力を込め立ち上がる。
 体力が戻り次第立ち去る、それがいつものことだった。
「ここで話すのはこれで最後になります」
「それはありがたい」
 最後まで同じ調子の焔李に冥は少し安堵した。
 この部屋を出れば、冥は私語は一切できず、“冥”としてだけ行動することになる。
 他人と素で話せるのはこれが最後。
「……またな、“冥”」
「椎羅(シイラ)です。焔李」
 最後の最後で明かされた本名に、焔李は手を振って答えた。
「さようなら、椎羅」
 そして歩き出した焔李に、冥は最後に一言言った。
「次代冥に気に入られないといいですね」
 冥はその任務の重責から、人を連れ込んで暴行を加えることがしばしばある。
 椎羅にとってのそれが焔李だった。
 長く冥を勤めた椎羅は、何人も何人もこの部屋で殺してきた。
 それでも苦しむ姿を見たくないと、真っ先に急所を狙う。
 それの繰り返しだった。
 そんな時刑執に打たれ強そうな子供が入ってきたと聞き、頃合を見て連れ入った。
 刑執を仕事以外で切ったのは初めてだったが、幼いながら刑執の心得を守り通す焔李に好感を抱いた。
 そして、どこか負け犬根性な彼が気に入った。
 完全に姿の見えなくなった焔李の行った方向を見やり、椎羅は呟く。
「最後の数年間が、私にとって一番楽しかったです」


(2007.11.30 修正)