私語を求め

「……冥、どうした」
 刑執執行室。
 一人資料に目を通していた焔李は背後の気配に振り返った。
「たいしたことではありませんが」
 微笑を浮かべて歩み寄る。
「仇刑焔李、貴方は先々代の冥と親しかったそうですね?」
 目を細め問う冥は、心なしか楽しそうに感じた。
 焔李は冥を見つめふっと笑う。
 そしてだからどうしたと言わんばかりの口調で答えた。
「ああ、そうらしいな」
 冥の役職。
 現代の冥はまだ新しく、先代は着任してすぐに亡くなった。
 先々代の冥、それは長くその任を務めそのまま退任した優秀な冥。
 焔李が刑執に入って数年間後退任したので顔を合わせたのはごくわずかに期間だ。
「それがどうした」
 焔李はまっすぐ冥を見る。
 その目つきは、私情で安易に発言するなというけん制が含まれていた。
 冥は目を伏せてそれに答え、背を向けて出口に向かう。
 そして一度ぴたりと足を止め振り向かないまま口を開いた。
「ただ、私も一度お相手願いたいと、そう言いたかっただけです」
 一度ちらと振り向き微笑をもらし出て行った冥は普段と変わりない。
 焔李は心底嫌そうに顔を歪め、もとの資料に目を落とした。