気づかぬふりを

 「ひとーつ、ふたーつ、みーっつ、よーっつ、いーつつ、むーっつ、ここのつ、とおー……もういいかーい?」
「「もういいーよ」」
 自らの両手で目隠ししていた俊果が目を開く。
 場所は六歳心央。
 俊果は同じ八歳の者たちとかくれんぼをしている真っ最中だ。
 微雅の遊びは何かしらの力を鍛える物が多い。
 幼いころは鬼ごっこ、かくれんぼ等。
 だが、少し大きくなればそこに武術を取り入れたもの、例えば相手の身体に竹 刀をあてれば勝ちなどといった遊びが多く行われる。
 同じ歳でそれらをしている者達もいるが、まだ俊果達はこの平和的な遊びを好んでいた。
「……はやく皆を探さないと」
 心央から駆け出し木の上、屋根の上、縁の下等を探し回る。
 俊果には人あらざるものが見えた。
 精霊と、よばれるものだ。
 それらを見る力を有することは禁止されている。
 だが、幼い俊果にはまだその重大さが分かっていなかった。
 こそこそと人が回りにいないことを確認すると、空を見上げる。
「つかれたー。皆、今日はいい天気だね。皆のお陰かな」
 笑顔で言う俊果に精霊達は微笑を返す。
 そしてそのひとさし指を口にあてた。
 精霊達は俊果が精霊を見る事が出来ることを知られると殺される事を知っていた。
 そのことを伝えても俊果は相変わらずこのように話し掛ける。
 困りながらも嬉しい事なので軽く注意するだけに留め居ていた。
「あっ!」
 俊果が縁側を向いて声を発した。
 そこには恋と啓魄の姿。
 恋は八歳の中で成績が一番悪い。
 微雅では成績の悪い物は酷い目に合う。
 そう、俊果も八歳の誰も知っていた。
 普通成績が悪い者は怯えながら必死に勉強するか、戦線離脱して下人になる。
 だが、恋は微雅に元気なまま残っていた。
 そして成績最優秀者の啓魄とよく行動を共にする。
 啓魄が恋と共にいることは八歳の不思議の一つだ。
「抄基さん……また恋さんといるんですか」
 一人ポツリと呟く。
 二人は角を曲がって既に見えなくなってしまっている。
「わかる気がします。恋さん頑張り屋さんですから」
 俊果は恋が度々修練場に出入りしている事を知っていた。
 授業に出る態度も他とは比べ物にならないほどだ。
 と、俊果は思う。
 他の者達は、授業前後や恋の成績だけ見て恋をからかっていたが、俊果はどうしてもそういう気にはなれなかった。
「私も恋さんを見習わないと!」
「誰を見習うって?」
「ひゃあ!」
 突然背後から聞こえた声に俊果は慌てて振り返った。
 そこには周伯 航里の姿。
 成績は俊果と同じほど、下の上あたり。
 今回のかくれんぼの参加者だ。
「もう、遅いからまちくたびれたよ、俊果ちゃん」
 微雅では相手のことは普通呼び捨て、丁寧にはさんが普通だが、周伯は親しい者にちゃん付けすることがしばしばあった。
「ごめんね、だって探したけど見付からないんだもん」
「そんなに恋ちゃんのことが気になる?」
 周伯が腕を組んで俊果に詰め寄る。
 俊果は慌てて見回した。
「えっていうか周伯いつからいたの?」
「いつからって……そこの木の陰に隠れてたんだけど」
 周伯は近くの木を指差した。
 少し呆れ顔だ。
「前から恋ちゃん見てたよね、そんなに気になるなら話し掛ければいいのに」
 俊果は慌てて手を振る。
「しないよ。邪魔しちゃ悪いから」
 周伯は俊果の様子を見て何か考えるように表情を曇らせた。
「そっか、俊果ちゃんにも分かるんだ」
「え?」
「何でもないよー」
 周伯は笑顔に戻って俊果の髪くしゃくしゃとなでた。
 俊果はわけがわからずされるままになっている。
 周伯は手を止めると俊果の顔を覗き込んだ。
「やっぱり疲れてるでしょ?」
「へ?」
 周伯は俊果の額に手を当てる。
「んーっちょっと高いかな。やっぱり無理してたでしょ」
「そんなことないよ。でもそっか、気づかなかった」
 俊果が言うと、周伯はまた呆れ顔になった。
「とにかく、今日はしっかり休んで。皆には私から言っとくから」
「えっでも」
「明日酷くなってたら困るでしょ」
「……うん」
「じゃあ決定! さ、寝て寝て」
 俊果は周伯に背を押されて部屋に戻った。
 周伯はさっさと部屋を寝る体勢に整えた。
「じゃあ、おやすみ〜またね」
 強引に俊果を布団に入れた周伯はさっさと部屋から出て行った。
「さすが周伯。するどいなぁ」
 残された俊果は大人しく布団に深くもぐりこんだ。
「あっそういえば精霊と話してたことなにも言われなかったな」

 これはほんの数年前の平和なひと時。