詮索にともなう契約
刑執に昼間一人だけ残る、所謂当直。
午後二時、恋は一人少し遅い昼食をとっていた。
手には料理にのったお皿と箸。
でも目線は机の上に広げられた数冊の本。
「……これが……で……これは……ああもう!」
食べ終わりお皿を机に戻すと頭に手をやりパシパシと叩いた。
「……なにやってんだ?」
突然至近距離から聞こえた声に恋は驚いて椅子からにすべり落ちた。
見上げると、焔李の呆れ顔が上から覗き込んでいる。
恋は少し固まっていたが、ふっと我にかえると目を細くした。
「うわー焔李、どうして此処に」
「うわーってなんだよ。それに驚きすぎだ。少しは周りに注意払っとけ」
恋はむっとして立ち上がり、食器を指定の位置に運んでいく。
その間に焔李は机の上の本を手にとった。
「なんだ、めずらしく勉強してたのか」
直ぐに戻ってきた恋は焔李から本を奪い返し元の位置に戻す。
「……で、どうして此処に? 官位の仕事は終わったの?」
「仕事なんか午前中でだいたい片付く」
焔李は何でもないように言ったが恋はああそう、と低い声で返す。
「それで、どうして此処に来たの?」
「様子見だ」
「……様子見?」
「ああ、最近お前様子おかしかっただろ、変な事されたらたまらないからな」
恋は目を見開いて焔李を見つめた。
そしてため息をついて顔を逸らす。
「私変だった?」
「まぁ他の奴が気づかない程度にな」
「そっか」
「で、何があった」
「別に何もないよ」
焔李が恋一枚の紙を差し出した。
「……じゃあこれはなんだ?」
紙は恋が部屋に残してきたメモ。
そこに小さく”伊於”と書いてある。
恋が焔李のことを調べた時に見つけた名前。
「……ばれた?」
「遅かれ早かれ普通気づくだろ」
恋はむすっとして紙をうけとった。
刑執内の者同士調べるのは決して悪い事ではない。
寧ろ、仲間の事を知るという点、また刑執の者同士の監視という点で奨励されている。
もちろん、対象の者に気づかれないのが理想ではあるが。
焔李も怒っているというふうではなく、やられたというような顔をしている。
「でもどうしてこの紙……部屋に置いてきたと思ったけど」
「様子がおかしかったからな、部屋を調べさせてもらった」
さっきの時といい少し無用心だな、と付け加える。
「これからは気をつけます」
「……しかし、お前がそういう状態になるってことはあのことを知ったんだろ、それは褒めてやるぜ」
そう言う状態……恋は言われて少し寂しそうにうつむいた。
焔李のいうあの事、とは焔李の姉伊於が戦場で重体になったというもの。
伊於というのは刑執の下の部隊での活動名であり本名ではない。
そこから調べあげたことを焔李はよくやったと言っているのだ。
「……生存率は普通に考えれば三割の危険な仕事……だったよね」
「ん? ああ。まあ元々あれらはそういう仕事ばかりを請け負うからな。やりたくなかったら拒否も出来る」
「お姉さんが重体って知ってどう思った?」
恋は聞いてからまずいかと思ったが、焔李が笑ったのを見て驚いた。
「姉らしいとは思ったぜ。危険度があがれば上がるほど飛び出していきそうだしな、あの時も志望者を探してるって話に飛びついたようだし」
無理して笑っているとは到底思えない笑顔に恋はどういっていいか分からなくなっていた。
ただ、
「焔李とお姉さんって似てるんだね」
「そうか?」
「焔李も危ないとこ飛び込むじゃん」
「まあ……そうかもな。だから、姉のことは気にするな。心配してねぇって言ったら嘘になるけどな」
「……そうだね」
焔李は焔李の姉を尊敬に近い形で慕っている、と恋は思った。
「で、それはいいとして……んなことで、仕事の進みが悪かったのか。しばいてやろうか」
「えっ待ってすぐ終わらせるから!」
「今やってた勉強はどうするんだ」
恋は慌てて勉強に使っていた本をぱらぱらとめくった。
翌日に試験があるもので、またかなり量がある。
焔李はその様子を面白そうに見て、笑った。
「それくらいの量今日一日で覚えられるだろ。仕事はしといてやる」
「ありがと……うございます。それと焔李と一緒にしないで下さい」
仕事をしてもらうかわりに試験の合格を約束させられた恋は、もう一度残りページをパラパラとめくった。
(2007.11.30 修正)