もう二度と再び
「う……ん……」
「おい起きろ。仕事しろ、鈴火」
刑執中央の椅子の上で、気持ち良さそうに眠る鈴火は一向に目を覚まさない。
中央には焔李と鈴火の二人だけ。
他の者は、見回りに行くなど別の場所で仕事をしている。
焔李はやれやれといった様子で椅子の前の机に資料をパサリと置いた。
焔李自身、鈴火が相当疲れているという事は十分理解している。
昼間の官位の仕事も、夜の刑執の仕事も、なんだかんだ鈴火はきちんとこなしている。
しばらく寝かせとてこう、起きたらまた怒ればいい、と立ち去ろうとした時。
「ゃ……」
微かだが鈴火の声。
「……鈴火?」
返事はない。
焔李は立ち止まって鈴火をじっと見た。
「だ……やだあ……」
今度ははっきりと聞き取れた。
寝言、何を見ているのだろうか。
「やだぁ……行かないで―」
「っ鈴火!」
焔李は素早く動いて鈴火を無理やりに起こした。
「……あれ、焔李……どうしたの?」
眠そうに目をこすりながら起きた鈴火はいつもと変わらない。
「……寝るな、仕事しろ」
だから焔李もいつもの調子でいってやる。
すると鈴火ははいはーいと返事をして足早に駆けていった。
「何思い出してんだあの馬鹿」
十年ほど前微雅で起こった事件。
その解決の為に動いた刑執はその時の副執行長を亡くした。
前副執行長の死の現場にいた鈴火と悠架、特に鈴火には耐えがたいことだったのだろう。
鈴火はひそかに副執行長に想いを寄せていた。
事件はその犠牲をもって無事解決。
事件後の刑執は普段どおりの仕事が行われていたが、雰囲気は重い。
当時、鈴火は焔李にこうもらしている。
「誰かが犠牲にならないといけなかったんなら、優秀な副執行長じゃなくて、私がなればよかったのに」
副執行長は誰よりも優しくまた強かったため、当時の執行長や刑執の信頼は厚く、非常に慕われていた。
だから刑執で辛くない者などいない、しかしそれは同時に誇りでもある。
微雅を守って死ねるのは刑執として最高の死に方。
その後人数確保の為、焔李の推薦で利緒が刑執に入り、しばらくして当時の執行長が辞退した。
そして恋を迎え今に至る。
とっくに乗り越えていたと思っていた過去の事件を思い出し、焔李は息が詰まりそうになるのを必死に絶えた。
「あの事件の原因や防止法はまだ分からないまま。まだ事件は終ってないというのに」
前副執行長の自分の身を投げ出してでも微雅のために、という部分を、恋に重ねてしまうのはきっと自分だけではない。
鈴火も悠架も藍卯もどこかしら感じている、と焔李は少なからず思う。
過去の事件を記憶から消したいとも思うことさえある。
しかしそれは出来ない。
「また同じ事件が起きた時に、同じように恋を失うわけにはいかないからな」